スポンサーサイト

--.--.-- --:--|スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

境界モーメント17

2012.06.09 06:09|Novels
 頭が酷く痛かった。
 何度も咳き込んだせいか喉もピリピリと痛くて、口内にはやたらと潮の味が広がって気持ち悪かった。
「うえっ・・・・・・」
 少し吐きそうになって慌てて口元を押さえ、込み上げてきたものを飲みこむ。
 酸素不足が長かったことで頭痛は激しさを増す一方で、大人しく医療室のベッド上に横たわっても一向に治まる兆しを見せなかった。
 寝返りを打つ度に腕が熱く痛い。何をしていても痛いものだからイライラする。
 もう少しすれば薬が効いてくるだろうか?
 部屋のドアの開く音がした。
 いつか来るだろうとは思っていたが予想よりも少し早い。
 頭痛が治まらない中で、会話をすることは案外きつい。
 それでも、気だるい体を何とか持ち上げて起き上がれば、刹那、ルフィの拳が飛んで来た。
 避けようと思えば避けれたのかもしれないが、何だかもうそうすること事態が面倒くさくあった。
 なのでルフィの拳は綺麗にサンジの頬を打ちつけた。
 ご丁寧にゾロが殴った方とは反対側を殴ってくるものだから、このままじゃ両方腫れておたふく状態になっちまう。
 痛いとかそう言う感覚よりも、胸が張り裂けそうな圧迫感の方が強い。無意味に鼓動が早く駆け抜けて、また海で溺れたように呼吸が苦しかった。
「何すんだよ・・・」
 サンジを見下ろしてくるルフィの目が完全な怒りを宿している。
「勝手なことするな!!!!!!!!」
 訳も言わずに問答無用で突き付けられて、サンジも一気に逆上した。
「お前だって似たようなことやっただろうが!!!」
 ルフィの胸の辺りには、大分薄くなったが、まだ微かな傷痕が残っていることをサンジは知っている。
 少し前に船長のくせに俺を庇った時に受けた傷だ。
「俺はいいんだ」
 ルフィが宣言するように言った。だが、説得力なんてものはこれっぽっちもありはしない。
「何でお前がよくて、俺は駄目なんだ!!!!」
 ルフィが俺を庇った時と同じ言い合いが、あの頃と同じまま全くの平行線で繰り返される。
 苛立ちは募る。
 どうしてこいつは分からないのだろうかと、サンジはさっきのお返しだとばかりに容赦なくルフィの頬を引っ叩いた。
 普段、ゾロと喧嘩をする時でも手を使ったことはない。
 手は料理人にとっての命だ。その手を傷つけるような戦い方も、喧嘩の仕方も俺は絶対にしない。
 だが、手は体の中で一番人と触れ合いやすい部分だ。
 温度や感触の全てを手は繊細に感知することが出来る、人の体の中で一番器用に動く場所だ。
 だからこそこの場ではいつものように足で蹴り飛ばすより、手で打ちつけた方がまだ伝わるのではないかと思った。
 同時に殴られた方も痛いが殴った方も痛い、その感覚をより身近に感じたかったのだ。
 ルフィが殴られたことで衝撃に満ちた目を向けた。
 もう一度ぐらい殴りつけてやろうかと平手ではなく、今度は拳を握れば、先にルフィの手がまた飛んで来たのでそのまま揉みあいになって2人して床の上を転がった。
 どうしたって腹が立つ。
 こいつは駄目だ駄目だと言うばかりで、ちゃんと見ようとしない。
 サンジが殴れば、ルフィも殴った。
 近い位置で絡まり合う呼吸と視線が不快だ。
 頬は腫れて、口の中の感覚が少しおかしかった。
 血の味が口内に広がっていく。
 同じようルフィも頬を腫らして、噛み締められた唇の端がほんの少しだけ切れていた。
「なあ、ルフィ・・・テメエの言い分は単なる子供の駄々だろうが・・・。俺はテメエ庇ったって死ぬ気なんかねえよ! そう言うとこ心配してくれんのは確かに嬉しいことだ。だがな、テメエはこの船の船長だろうが。テメエ守るために動けなくて何が仲間だ。いざって時はテメエだけでも生き残れよ!!! 船長は俺達より先に死んじゃならねえんだ!!!!!!」
 サンジは殴る手をピタリと止めたルフィの胸倉を掴みあげた。
「嫌だとは言わせねえ。船長ってのはそう言うもんだ。俺達の上に立つからには自覚しろ! だから俺がテメエ助けて、それで傷負ったところで気にする必要なんかねえ。例え仲間の誰が死のうと、いなくなろうと、失おうと、テメエだけはちゃんと立ってなきゃいけねえ。テメエが悩んだらこの船の仲間達皆が悩む。お前がそんな顔してっから、今の船の空気はどうだ? 皆テメエに気を使ってる状態だろうが! そんなことすら分からねえのか?」
 もう一度殴りつけたい気持ちを何とか抑えて、サンジはルフィから手を放した。
 ゴツと音がしてルフィの頭が床にぶつかる。
 瘤が出来たかもしれないが、構わずにサンジは言葉を続けた。
「・・・・・・例えば、恋人と別れたって、失恋したって、テメエの好きな奴が他の仲間とくっついたって、何か仲間に嘘吐いてることがあったって、テメエがそれを顔や態度に出しちゃいけねえよ、ルフィ。お前にはこれから先、失うものも沢山あるだろう。欲しがっても手に入らないものもある。何でもかんでもが自分の思い通りになると思ったら大間違いだ・・・・・・俺のことで懲りたろ? テメエには手の入らねえもんもある。テメエでも、どうしようもねえことだってある。それを分かれよルフィ・・・」
 いつの間にか揉みあった拍子にルフィの上にサンジは馬乗り状態になってしまっていた。
 ものすごい体勢になっていた。
 仲間達がこの場に遭遇したら変な勘違いをされそうだが、今はそんなこと気にしてられるような状況じゃない。
 一気に捲し立てたことで少しだけ冷静になって、サンジはルフィの上から体を持ち上げた。
 今頃になってルフィを庇って負った腕の傷が痛む。弓矢が少し掠った程度のものだったが、酷く熱く、ジクジクと響いた。
「・・・俺は俺のやり方を変えたりはしねえ。テメエが船長なんだ。俺のやり方が気に食わねえんなら、命令すればいいだろう」
 ルフィも体を起こした。
 一体どうすれば良かったと言うのだろうか?
 ルフィは考える。
 自分を守って仲間が傷つくのは嫌だ。だけど、サンジの言っていることも分からないわけじゃない。
 それでも、サンジは自分の傍にいる限り、また同じことを繰り返すのだろうか?
 また、俺を庇って、仲間を庇って自分の身を盾にするのだろうか?
 俺は船長なのに、海に沈んでいくサンジを助けに行くことも出来なかった。海に潜ってサンジの体を引き上げることも・・・その手を掴むことも。
 失うものも沢山ある。欲しがっても手に入らないものもある。どうしようもないことだってある。
 サンジに突き付けられた言葉がグルグルと回って、それは絶望のようにルフィの心に降り注いだ。
「・・・出ていけよ・・・・・・」
 言葉を、1つ。
「・・・この船から出ていけ・・・・・・」
 ルフィは落とした。
 ギリと握りしめた拳の痛みや、噛み締めた歯の苦しみなどほんの些細なものだ。
 そうすることで、涙声にならないように必死にルフィは耐えてみた。
「ああ、分かったよ。船長命令だもんな。テメエがそう言うんなら大人しく出て行ってやる」
 足音が遠ざかる。
 ドアの開く音がして、もっと遠くに。徐々にサンジの何もかもが自分の目の前から消えて行く。
 だって、本当にどうすれば良かったと言うのだろうか・・・・・・。
 ウソップと少し前に喧嘩した時、思わず感情の高ぶりから船長として最低なことを口にしようとした俺を咄嗟に止めてくれたのはサンジだった。
 だけど、そのサンジが止めてくれないのなら、サンジが望むようその言葉を吐くしかない・・・。
「分かんねえ・・・・・・」
 本当に分からないのだ。
 サンジの考えていることも、どうしてこんなに自分がムカついているのかも。
 何でサンジがまだ苦しそうなのかも。
 どうしてこんなに胸が苦しいのかも、全て・・・・・・。




 

「サンジ君、何かあったの?」
 医療室でさっきまで派手な音がしていた挙句、そこから出て来た自分の顔が明らかに腫れていたらそりゃ誰だって声をかけずにはいられないだろう。
「あー・・・ルフィとちょっと・・・・・・」
 すっごく不細工になっているだろう自分の顔をナミさんに見られたくなくてサンジは顔を俯けたが、ハンカチを差し出されてジンとした瞬間、いつもの癖でメロメロとステップを踏んでしまった。
「珍しいわね。サンジ君とルフィが喧嘩なんて」
 確かに言われてみればそうかもしれない。
 ゾロとは日常茶飯事に喧嘩をしていたが、ルフィとは喧嘩と言う喧嘩に今までなったことはなかった。
 それは何でだろうか? と考えれば、いつも一方的に自分が怒っているだけで、ルフィは俺に対して怒りをあまり向けてきたりはしない。
 唯一、バラティエで出会った時に怒鳴られたのと、ドラム王国でナミさんを背負ったルフィをナミさんごと庇った時に、少し拗ねたように怒られたぐらいだ。
 何れもちょっとした船長なりの注意なのであって、そこから喧嘩に発展するなんてことはなかった。
 そもそもルフィとはあまり意見自体が衝突しないのだ。
「すいません・・・」
 ナミさんが喧嘩を嫌う人だと知っていたので何となく謝ってみれば、露骨に溜息を吐かれてしまった。
「まあ、少し前からおかしいと思ってたのよね。ルフィなんてずっとどこか様子おかしかったじゃない。直ぐにあいつのことだから元通りになるんじゃないかとは思ってたんだけど・・・何かあったの?」
 ルフィが最近塞ぎ込んでいたことなど一目瞭然だった。
 仲間達は敢えてそのことに気付きながらも、誰も口にしてルフィに訊ねなかっただけだ。
「ナミさん、俺ルフィからコック解雇されたんで次の島で船下りますね」
 何かをナミに説明しようかとも思ったが、うまい言葉が出て来なかった。
 そもそも、この状況は説明出来ることでもないのだ。
 
 ルフィは勝手だ。
 自分勝手に俺に別れを突き付けておきながら、あんな風に分かりやすく落ち込む。
 勿論俺も勝手だ。
 ルフィのことを好きになりたいだとか言ってゾロに向けていた思いを誤魔化して。結局ゾロまで巻き込んで両方傷つけた。
 人の気持ちなんて恐らくは一番どうにもならないものだ。
 手に入れたくたって手に入らないものも、失うものも、人の気持ちだけでなくこの先本当に沢山沢山あるのだろう。
 ルフィが海賊王を目指すのなら、それは通常の人の倍。
 あいつはもう少しだけ失うこと、思い通りにならないことに慣れなきゃいけねえ。我儘を通すだけじゃ成り立たない世界があることを知らなきゃいけねえ。
 大人の世界は、俺がゾロと寝たように、もっともっと汚く残酷なことだって沢山あるんだ。
 人は気持ちがそこに在っても、無くしても、誰かと寄り添い合いたいと思うものだから。
 取りあえず、ルフィに言いたいことは言った。
  
「え、ちょっと、サンジ君?」
「そう言うわけなんでルフィの奴お願いしますね」
 やんわりと言ってナミの制止の声も聞かずにサンジは男部屋に篭る。
 荷物を纏めなきゃならない。







「あんたが一度言いだしたら聞かない性格だってのは知ってるけど・・・・・・」
 呆れを通り越して、半ば失望の域だ。
「あんた、ウソップの時の二の舞を繰り返したいの!!!!!」
 サニー号の船首のところにルフィの姿を見つけ、ナミはぎゃんぎゃんと喚きたてた。
 ナミがルフィのところにやってくる少し前には騒動を聞いたウソップとチョッパーがルフィに同じようなことをギャーギャー申告したらしいが、全くの聞く耳持たずだったと項垂れていた。
 ルフィは誰の言葉も今は聞くつもりがなかったが、ナミの言葉にだけは耳を傾けた。
「別に繰り返してえわけじゃねえ。俺だってサンジにはこの船にずっといてほしい・・・だけど・・・・・・」
「だけど、何よ?」
「俺の傍にいるとサンジ辛そうな顔すんだ・・・今回だって俺のせいで怪我したろ・・・・・・サンジがこれ以上傷つくのは嫌だ」
「は?」
 思ってもみない答えがルフィから返る。
 それで、どうしてあのサンジ君と喧嘩になったりするのだろうか?
「別にサンジ君、あんたの傍で辛そうな顔なんてしてなかったわよ。それに怪我したって言ってもちょっと弓矢掠った程度でしょ? サンジ君が傷つくなんてこともないでしょう」
 ルフィは首を振って空を仰ぎ見る。
 あまりにも空にある太陽が眩しかったのか、直ぐに手を翳したのが見えた。
「ナミ・・・俺、サンジに悪いことしちまったんだ」
 神妙な面持ちで、少々固い声音で落とされた告白めいた一言は、何となくいつものルフィらしくない。
「悪いことって、つまみ食いとか、盗み食いとか?」
「それもしたけど・・・・・・・・・」
 やっぱりしてたのね・・・と、鍵付き冷蔵庫にしてもあまり効果はなかったことにナミはがっくり来たが、今の本題はそれではない。
 まさかサンジ君が船長の食料荒らしに辟易して喧嘩した挙句、船を下りるなんて馬鹿げた展開は流石に無いだろう。
「ずっとサンジの奴元気なくて、俺なんとか元気づけてやりたいって思ったんだ・・・。だから、前にナミが言ってたことを俺実践してみた」
「私が言ってたこと?」
 ナミは首を傾げた。
「ああ。そしたらサンジがまた笑ってくれると思ったんだ。だけど、俺うまく出来なくて、サンジを傷つけて怒らせちまった・・・・・・」
「え、何のことよ、それ」
 ナミにはさっぱり意味が分からない。
 しかも、ルフィの言い分を聞いていると、どうも今回のことは自分が口にしたらしい何かが元々の発端らしい。
 ・・・となれば今回の騒動の責任は自分にもあるんじゃないかと、ナミはルフィに自分が言ったらしいことを思いだそうとしてみたが、全く心当たりがない。
「私、あんたに何か言った? そもそも何を実践したのよ?」
「サンジに好きだって言ったんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 ナミの思考が停止した。





「おい、テメエはそれでいいのか?」
 次の島へ着くのを待っていたら一向に埒が明かない。
 なのでミニメリーを借りて近場の島へ移動するか、他の船を見つけるかしようと思っていたサンジは、他の仲間達には見つからなかったのに、ゾロにはあっさり見つかってしまった。
「いいも何も船長命令だっつーの・・・。それにテメエだって船長の判断なら従うしかねえんじゃねえのか?」
 確かに船長命令だと言うのならゾロは従うしかない。
 今回のことも船長とコック間でのやり取りであり、自分などが本来なら口を出すことじゃないのだろう。
「船長命令でも、テメエはいいのかって聞いてんだ」
 サンジはミニメリーを押し出そうとする手を止めて、パチパチと瞬きを多く繰り返しながらゾロを見た。
「あー、そりゃ愚問ってもんだ」
 答えになっているのかなっていないのかよく分からない。
「なあ、考えてみろよ、ゾロ。俺達は仲間で、男で、本来愛を育むようには出来てねえ。なのに何で惹かれちまったか・・・。俺にとっちゃルフィもテメエも出会った時から俺より一歩前を行っててやたらと眩しかった。お前等2人して互いの信念のためには一歩も引かねえ。お前等そう言うとこが似ててよ、俺はそんなとこに惹かれたんだ。でも、そりゃたぶん、単純な憧れで恋なんかじゃなかったんだよ・・・」
「簡単に否定するな」
 ゾロがムスッと顔を顰める。
「・・・と言ってもなぁ・・・。まあ、とにかく今まで仲間としてうまくやってたところをその恋って感情が割り込んできて、それで俺達のバランスは崩れちまった。最初にバランス崩したのは俺だ・・・」
「何でそう言いきれる? ルフィだって同時期にテメエのことが好きだって言ってきたんだろ? テメエの言い分で考えるならルフィも同罪じゃねえか」
 サンジはクスリと笑った。
「本当にそう思うか?」
 笑ってゾロから顔を逸らす。
 視線の置き場を探した目は微かに下を向き、手は落ち着きなく、だが穏やかにミニメリーの頭を撫でた。
 まるでルフィの頭をそうするようにだ。
「どう言うことだ?」
「少なくともルフィには恋だ愛だって自覚はなかった。ルフィの言う好きはきっと嘘だったんだろう・・・」
「嘘?」
「ああ・・・考えてもみろ! あのルフィに恋愛のいろはが分かってたと思うか? 一歩譲っても、俺に好きだと言った後にあいつは恐らくそれを自覚し始めたんだろ。何でルフィが俺にそんなこと言ったか知らねえが、あいつが俺に告白した時点での好きは恋愛感情じゃねえよ。ま、その後は知らねえけどよ・・・・・・」
「ルフィの告白は嘘だったって言いてえわけか?」
「ああ、そうだ」
 肯定してサンジはミニメリー内に荷物を放り込んだ。
web拍手 by FC2
ページトップへ
クレジットカード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。